KENICHI SONODA and his DIXIE KINGS

薗田憲一とデキシーキングス

薗田憲一音楽事務所
〒143-0025 東京都大田区南馬込 4-10-16-101
TEL.03-3772-7005 FAX.03-3777-2846

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デキシーキングスの歴史

[1960年代] [1970年代] [1980年代] [1990年代] [2000年代]

[1960年代]

1960年(昭和35年11月1日)
「薗田憲一とデキシーキングス」を結成。
当初はフロントセクションにトランペット、クラリネット、トロンボーンの3管、リズムセクションに現在のバンジョー、チューバ、ドラムの他にピアノ、ベースも加わる8人編成だった。

 第一期「デキシーキングス」ファンクラブ誕生。会長に大橋巨泉氏就任。

1961年
 河野隆次氏企画構成、労音制作「ジャズの誕生」を大阪労音で40日間上演。各新聞、音楽誌にて高い評価を受け、以来、北は北海道・稚内から南は九州・鹿児島まで2年近くかけ全国160ヶ所の労音を巡演、好評を博す。
この好評がご縁となりジャズの神様、ルイ・アームストロングとも親交のあったビリー・バンクスと組み「ビリー・バンクス デキシー・キングス ショー」と銘打った企画で一回り、両公演で一緒に出演したジャズボーカルの草分けVo.水島早苗さん企画の「葦とともに」というご主人のピアニスト永田清嗣さんの創作組曲で一回りと、立て続けに労音の仕事をする。

「5匹の子豚とチャールストン」という曲がアメリカでヒットし、日本でもその影響で小さなデキシーランドブームが起こり、東芝EMIより『チャールストンを踊ろう』などのLP数枚を吹き込む。


1962年
 NHK「夢で逢いましょう」に準レギュラーで出演。

1965年
 沖縄米軍基地へ1ヶ月の演奏旅行。世界各地から集まったタレントたちに挟まっての公演。ショーの厳しさを見せつけられ、鍛えられる。

1967年
ベトナム及びタイへ2ヶ月ほどの演奏旅行。はじめは戦争最中のベトナムの米軍基地の慰問、後半はタイのバンコクのクラブでの演奏。タイ国王の御前演奏も行った。

日本武道館でクリスマスコンサート。日本フィルハーモニーと共演。
(デキシーキングスの指揮:山本直純、日フィルの指揮:小澤征爾)


1968年
8人編成から6人編成となる。

日本人の旅行者は殆どいない社会主義の国、旧ソビエト連邦に文化使節として40日間の演奏旅行に出る。

[薗田憲一 自叙伝「わが心のデキシーランド・ジャズ」より]
※ ハリコフという町では地元のバラライカ楽団が歓迎演奏をしてくれた。小さいバラライカから大きなバスバラライカまでいくつものバラライカが揃い、クロマティックアコーディオン、バンズーラなどといった、日本では馴染みの薄い楽器で編成された30人ほどの楽団だったが、その演奏以上に印象に残っているのは、レセプションのときのこと。デキシーキングスを引率していった文化教会の会長がまずスピーチに立ち、「このデキシーキングスは結成8年のベテランで・・・」と得意気に挨拶をすると、つづいてスピーチに立ったバラライカ楽団の指揮者は、事も無げに「私達は結成200年の伝統を誇っています」と、恥ずかしくて穴があったら入りたい心境だった(笑)

※ レニングラード滞在中に革命記念日がやってきた。その日、街は大変な人出で通りに人が溢れ、人々は1つの方向目指して川のように流れt行く。昼間だというのに零下22℃。極寒の中で軍楽隊が演奏しながら行進していった。刺すような冷たさだ。いったいどうなっているのか不思議だった。トランペットのピストンやトロンボーンのスライドが凍らないのはグリスが違うからだろうか?この寒さだとマウスピースが唇に凍りつくのではないか?そう思って近寄ってみると管楽器のマウスピースはすべて木製だった。ところ変われば品変わるというが、楽器まで土地に応じて改変されていることをはじめて知った。


1969年
再度要請を受けソビエト連邦を訪問 日本を代表する音楽使節として大役を十分に果たす。

[薗田憲一 自叙伝「わが心のデキシーランド・ジャズ」より]
※ あらかたの事はわかっていた再度の訪問は、準備万端整えての旅となる。
最初の訪問では味噌、醤油、ソースなどの調味料がまったく無い料理に困ったので、まず必需品としてカバンに詰めたのは調味料。それからセイコーの時計。東京オリンピックに使用されたことでソビエトでセイコーの時計は人気沸騰。街を歩いていても日本人だとわかるとそっと近寄ってきて「セイコー買イタイ、セイコー買イタイ」と片言の日本語で近寄ってくる。高級時計のローレックス、同じ日本製でもシチズンだと見向きもしない。とにかくセイコー。プレミアが付いて質流れ品を\50,000で仕入れても\200,000で売れると知り、今度は3個仕入れてカバンに入れていった。それと、女性用ストッキング。これは女性の関心をひくための小道具として、しばしば決め手になった。
金目の物を全て売り払い全員ふところが豊かだったが、ルーブルは国外持ち出し禁止。帰国間近になると、仕方がないので、ホテルで最高級の料理と一番高いワインを注文し、ボーイにもチップをはずんで、お大尽になったつもりで豪遊した。

※ あるコンサートが終わってホテルに帰ると、窓をコンコン叩く者がある。部屋は4Fだ。何事かとカーテンを開けると、ビルの外の出っ張りに立って窓を叩いている。この男は慣れたもの。びっくりした私達にはお構いなく私達の顔を見ると「電気を消してくれ」「何でもいいから売ってくれ」と合図する。言う通りに中に入れてやると私達の持っているものも来ているものも「素晴らしい、いくらだ?」私達もその様子に安心し、この際、必要なもの以外はみんな売ってしまえと、靴や洋服、雑貨、小物などを片っ端から売り払った。男はそれらを持参のでっかい袋に放り込んで、また明かりを消させ、あたりの様子を伺ってから窓の下に袋を放り投げ、雨樋を伝わってスルスルと降りていった。実に身軽なものだった。慎重にして大胆ともでもいうのか、見つかればかなり重い刑罰が待っているというのに闇の市場に流せばかなり儲かるのだろう。そんなことをする者もいた(笑)


※ ソビエトでの40日間、私達が楽しめる娯楽といったものは何一つなかった。テレビを見るにしても国営放送の1チャンネルだけ。しかもロシア語なので内容もさっぱりわからない。放送時間も日本のようにスイッチを入れればいつでも番組をやっているというのではなく、番組が終了になると、なんの前触れなく途端にパッと放送が終わってそのまま夕方まで放送はない。気晴らしは外に出てブラブラ散歩するのが一番で、結局、私達はそれが日課になった。そのうちにそれが生活のリズムになり、脳に対する刺激がないからだろう、だんだんとのんびりボケみたいになり、その状態で帰国した。帰ってみて改めて痛感したのは、日本はなんて慌ただしい国なんだろう、なんであんなに忙しく歩いて行くんだろうということだった。タクシー運転手も、横断歩道を渡る人も、交通整理のお巡りさんも、みんな目がギラギラしてせわしない。何かイライラしているようにも見える。もう少しのどかな表情でゆっくり出来ないものかと感じたものだった。

Trombone
薗田憲一 1960年11/1~2006年7/12 (46年8か月)

Trumpet
伊藤隆文 1960年11/1~1962年8/31 (1年10か月)
飴 昭雲 1962年9/1~1968年2/28 (5年6か月)
中川喜弘 1968年3/1~1975年7/31 (7年5か月)

Clarinet
石川順三 1960年11/1~1966年9/30 (5年11か月)
有馬靖彦 1966年10/1~1973年11/30 (7年2か月)

Banjo
宮崎忠一 1960年11/1~1975年7/31 (14年9か月)

Tuba
薗田祐司 1960年11/1~2002年12/31 (42年1か月)

Piano
平井 進 1960年11/1~1961年8/31 (1年7か月)
安間昭夫 1961年9/1~12/31(4か月)
中川宗和 1962年1/1~1962年9/3 (9か月)
安間昭夫(再入団) 1962年10/1~1965年4/15
(2年6か月=通算2年10か月)
山本みき 1965年5/1~1968年2/28 (2年10か月)
渡辺(某) 1968年3/1~5/31 (3か月)

Bass
城 英輔 1960年11/1~1967年3/31 (6年5か月)

Drums
白岡 隆 1960年11/1~1962年5/31 (1年7か月)
荒川国男 1962年6/1~1963年6/30 (1年1か月)
亀田明男 1963年7/1~1964年12/31 (1年8か月)
山田昭夫 1964年1/1~1967年12/31 (3年)
大塚勝久 1968年1/1~1969年12/31(2年)


[1960年代] [1970年代] [1980年代] [1990年代] [2000年代]


[1970年代]

1970年
3月1日、「薗田憲一音楽事務所」を設立。

東京12チャンネル(現・テレビ東京)の「おいろけ寄席 ケーシー&デキシー」にレギュラー出演し好評を博す。(翌年3月まで)


1971年
日本テレビの「おはよう!こどもショー」の「崑ちゃんのトンカチ歌自慢」にレギュラー出演。(75年10月まで)

「デキシーキングス10周年リサイタル」を郵便貯金ホールで開催。

「第二期ファンクラブ」誕生。第1回ファンクラブ定期演奏会を小岩区民会館で行う。

1973年
「トランペット48年記念 南里文雄リサイタル」(日比谷公会堂)に出演。

ファンクラブ活動も活発になり全国にもいくつかの支部が生れる。会長に医学博士で産婦人科学会の権威、杉山四郎氏就任


1975年
小沢昭一、加藤 武、山口 崇、永 六輔、木の実ナナさん等の芸能座旗揚げ公演「清水次郎長伝・伝」に客演。九州方面、東北方面へ巡演。

1977年
ジャズ発祥地アメリカニューオリンズ市よりリーダー薗田憲一は永年の功績を認められホテル・オークラで、ロニー・コール氏より、ニューオリンズ名誉市民の称号を贈られた。

Trombone
薗田憲一 1960年11/1~2006年7/12 (46年8か月)

Trumpet
中川喜弘 1968年3/1~1975年7/31 (7年5か月)
杉村 彰 1975年8/1~1982年3/31 (6年8か月)

Clarinet
有馬靖彦 1966年10/1~1973年11/30 (7年2か月)
石川順三(再入団) 1973年12/1~1975年7/31
(1年8か月=通算7年7か月)
花岡詠二 1975年8/1~1993年2/28 (17年7か月)

Banjo
宮崎忠一 1960年11/1~1975年7/31 (14年9か月)
吉野五郎 1975年8/1~1993年2/28 (17年7か月)

Tuba
薗田祐司 1960年11/1~2002年12/31 (42年1か月)

Drums
大塚勝久 1971年1/1~1972年11/30 (通算3年11か月)
伊沢政明 1970年1/1~1970年12/31 (1年)
五十嵐信一 1973年12/1~1975年7/31 (2年8か月)
丸岡浩二(現 楠堂浩己) 1975年8/1~現在


[1960年代] [1970年代] [1980年代] [1990年代] [2000年代]


[1980年代]

1980年
11月3日、20周年コンサートをよみうりホールで開催。立ち見も出る盛況。

1983年
4月15日、東京ディズニーランド誕生と同時に要請を受け、以後6年間出演。

当時の中曽根総理官邸のガーデンパーティーに招かれ夫妻で出席。

1988年
9月30日、東京ディズニーランドの仕事終わる。

1989年
結成30周年コンサートをよみうりホールにて盛大に開催。

[薗田憲一 自叙伝「わが心のデキシーランド・ジャズ」より]
※よく引っ張りだされたのはTBSでザ・ドリフターズがやっていた「8時だよ!全員集合」。教会の聖歌隊をもじったコーナーがあって、声楽の人達が階段に並び、その中にゲストのアイドルタレント混じって音楽のコントをやった。そこに私達も並ぶのだ。デキシーランド本来の曲はやらせてくれない。見る人が見れば、もしかしたら眉をしかめていたのかもしれないが、テレビではそんなことはしょっちゅうだったので、私自身それほどこだわりはなかった。


Trombone
薗田憲一 1960年11/1~2006年7/12 (46年8か月)

Trumpet
杉村 彰 1975年8/1~1982年3/31 (6年8か月)
筒井政明 1982年4/1~現在

Clarinet
花岡詠二 1975年8/1~1993年2/28 (17年7か月)

Banjo
吉野五郎 1975年8/1~1993年2/28 (17年7か月)

Tuba
薗田祐司 1960年11/1~2002年12/31 (42年1か月)

Drums
丸岡浩二(現 楠堂浩己) 1975年8/1~現在

[1960年代] [1970年代] [1980年代] [1990年代] [2000年代]


[1990年代]

1990年
3月3日武道館ジャズエイドに出演。「パパフミオ」(日野皓正と共演)人気投票で1位「タイガー・ラグ」人気投票で2位となる。

1993年
2月 ファンクラブ第一回サイパンツアーに出発、現地ホテルでディナーコンサートを行う。

1994年
6月 ファンクラブ第二回ハワイツアーに出発、現地ホテルでディナーコンサートを行う。

1995年
7月4日、椿山荘の第4回デキシーランドジャズ・フェスティバルで結成35周年を祝う。

1997年
2月 ファンクラブ第三回グァムツアーに出発、現地ホテルでディナーコンサートを行う。

1998年
8月31日、自叙伝「わが心のデキシーランド・ジャズ」出版。
帝国ホテル「光の間」にて、『わが心のデキシーランド・ジャズ』の出版記念パーティー開催。

Trombone
薗田憲一 1960年11/1~2006年7/12 (46年8か月)

Trumpet
筒井政明 1982年4/1~現在

Clarinet
花岡詠二 1975年8/1~1993年2/28(17年7か月)
白石幸司 1993年3/1~現在


Banjo
吉野五郎 1975年8/1~1993年2/28 (17年7か月)
サミー川嶋 1993年3/1~1995年1/19(1年11か月)
永生元伸 1995年1/20~現在

Tuba
薗田祐司 1960年11/1~2002年12/31 (42年1か月)

Drums
楠堂浩己 1975年8/1~現在

[1960年代] [1970年代] [1980年代] [1990年代] [2000年代]


[2000年代]

2000年
結成40周年記念リサイタルを読売ホールで満席の中で盛大に挙行。
近年は東京を中心としたファンクラブ活動も活発で、全国各地にファンクラブ支部が誕生しています。


2001年
出身地高知県須崎市より特別名誉市民の称号を与えられる。

2005年
9月 結成45周年リサイタルをカメリアホールにて開催。
12月に読売ホールにて、家元立川談志主催の「Jazz & Tap&談志」に出演。


2006年
7月12日、カメリアホールでの結成46周年を待たずに薗田憲一は永眠。
8月 NHK BS2「ど~も君ワールド」のテレビ出演。

ハリケーン「カトリーナ」(2005年の夏)の襲来を受けたジャズの生地ニューオリンズの復興を願い、 船橋市民文化ホールに於いて 「ニューオリンズの復 興チャリティーコンサート」に出演。
9月 結成46周年リサイタルをカメリアホールにて開催。

2007年
9月 結成47周年リサイタルをカメリアホールにて開催。(ゲスト:森サカエ)

2008年
9月 NHK BS2「ど~も君ワールド」のテレビ出演。
9月 結成48周年リサイタルをカメリアホールにて開催。(ゲスト:Vo.RAMONA、Trb.中島三郎)


2009年
5月 NHK BS2「ど~も君ワールド」のテレビ出演。
9月 結成49周年リサイタルをカメリアホールにて開催。(ゲスト:Vo.森サカエ、Cla.花岡詠二)


2010年
9月 結成50周年リサイタルをカメリアホールにて開催。
11月 50周年記念ディナーパーティを東京會舘にて行う。


2011年
8月 南三陸町をはじめ、東日本大震災地慰問公演実施。
9月 結成51周年リサイタルをカメリアホールにて開催。(ゲスト:Vo.RAMONA、Bjo.青木 研)


2012年9月
9月 結成52周年リサイタルをカメリアホールにて開催。(ゲスト:Vo.ウィリー沖山)
9月 「飛鳥Ⅱ」日本一周グランドクルーズにて演奏。


2013年
6月 「飛鳥Ⅱ」世界一周クルーズのアメリカ東海岸・カリブ海コースにて演奏。
(6月12日~23日 ニューヨーク→キーウエスト→コズメル→クリストバル)
9月 結成53周年リサイタルをカメリアホールにて開催。(ゲスト:Vo.森サカエ、五十嵐明要)


2014年
7月 UMKシーガイヤ ジャムナイト2014、テレビ宮崎主催「ジャズトレイン」にて演奏。
10月 結成54周年リサイタルをカメリアホールにて開催。(ゲスト:Vo.RAMONA, Trb.河辺浩市)
※河辺浩市さんは本番1ヵ月前に残念なことにお亡くなり御子息様に思いを語って頂きました。


2015年
6月「飛鳥Ⅱ」世界一周クルーズのアメリカ西海岸コースにて演奏。
(6月14日~28日 カルタヘナ→パナマ運河通航→プエルトケッツァル→サンディエゴ→サンフランシスコ)
7月 UMKシーガイヤ ジャムナイト2015、テレビ宮崎主催「ジャズトレイン」で演奏。
8月 大田区「花火の祭典」にて演奏。
9月 結成55周年リサイタルをカメリアホールにて開催。


2016年
6月「飛鳥Ⅱ」日本一周グランドクルーズにて演奏。
7月 テレビ宮崎主催「ジャズ トレイン」にて演奏。
8月 結成56周年リサイタルをカメリアホールにて開催。 (ゲスト:[噺家]林家たけ平
)

2017年
6月 テレビ宮崎主催「ジャズ トレイン」にて演奏。
8月 大田区「花火の祭典」にて演奏。
9月「JAZZ PARADE」''みんなのジャズ''(NHKエンタープライズ主催)にて演奏。
10月 結成57周年リサイタルをカメリアホールにて開催。(ゲスト:Pf.野口久和, BREEZE)


2018年
8月「第50回サマージャズ」に出演。
(令和元年5月1日)
8月「第18回東京JAZZ」パレード演奏。
9月 結成58周年リサイタルをカメリアホールにて開催。(ゲスト:森サカエ)


2019年
8月 大田区「花火の祭典」にて演奏。
8月「第18回東京JAZZ」パレード演奏。
結成59周年リサイタルをカメリアホールにて開催。(ゲスト:[噺家]立川晴の輔)


2020年
9月 結成60周年リサイタルをカメリアホールにて開催。「新型コロナウイルス」感染拡大の影響に依り、コンサート、イベント等の出演の中止が相次ぎ、3密を保ちつつの開催となる。

2021年
9月 結成61周年リサイタルをカメリアホールにて開催。
12月 なかのZERO(小ホール)にてコンサート。(スペシャルゲスト:米米CLUBのジェームス小野田)

Trombone
薗田憲一 1960年11/1~2006年7/12 (46年8か月)
薗田勉慶 2006年7/13~現在

Trumpet
筒井政明 1982年4/1~現在

Clarinet
白石幸司 1993年3/1~現在

Banjo
永生元伸 1995年1/20~現在

Tuba
薗田祐司 1960年11/1~2002年12/31 (42年1か月)
河合勝幸 2003年1/1~現在

Drums
楠堂浩己 1975年8/1~現在

Vocal
FUMIKA 2006年7/13~現在

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